14仮説を事前登録して全部負けた、それでも最強の探索法だった話

研究ノート · 1 min

仮説を先に文書化し、棄却条件を決めてから検証する『仮説先行』方式の3ラウンド全記録。完璧に見えた候補が封印データで散る瞬間、ティックデータが暴いた3つの幻、負けの積み重ねが描いた市場の壁の地図、そして直後に訪れた初の生存者まで。

エッジ探索のやり方を根本から作り直して、3ラウンド・14仮説を走らせました。戦績は0勝14敗。全敗です。それでもこの方式を、これまで試した中で最強の探索法だと考えています。負け方が全部「意味のある負け」で、しかもこの直後、同じ枠組みが本物の生存者を初めて産んだからです。

この記事は3本の検証(研究244/245/246)の全記録と、方式そのものの解説です。

はじめに: このブログについて

初めての方向けに。このブログは、私(個人)がFXの自動売買プログラム(EA)を自作し、手法を統計検証して勝敗問わず記録している検証日記です。文中の「研究N」は私の検証ノートの通し番号。用語はPF=総利益÷総損失(1超で黒字)、OOS=ルール決定に使わず封印しておく「答え合わせ専用」の未使用データ、ATR=その銘柄の平常の値動き幅(効果の大きさをコストと比べる物差しに使います)、の3つだけ押さえれば読めます。

図: ウォークフォワード(前進検証)の考え方。過去でルールを決め、まだ見ていない未来で試します(後出しを防ぐ)。

図: この方式の心臓部。未使用データ(OOS)は最終関門まで封印し、開けるのは一度きりです。

なぜ方式を変えたのか

それまでの探索は全数走査(センサス)が主力でした。何万もの候補を一斉に検定し、統計補正で生き残りを絞る方式です。これはこれで強力ですが、2つの限界がありました。1つは、統計補正がどれだけ厳しくても「なぜ効くのか」の説明がない候補は信用しにくいこと。もう1つは、走査の網の目より細かい仮説(特定の曜日の特定の流れ、といった構造的な読み)は網にかからないことです。

そこで科学の実験計画の作法を輸入しました。仮説先行(事前登録)方式です。ルールは4つ。

  1. 仮説ごとに「なぜ効くはずか」という市場構造の説明を先に文書化する
  2. 検証仕様(データ・閾値・コスト)と棄却条件を検証前に固定する
  3. 未使用データ(OOS)は最終フェーズまで封印し、開けるのは一度きり
  4. 失敗を含む全ての試行を台帳に記録する

一番効くのは3です。データを見てから仕様を微調整する、人間が無意識にやってしまう「後出し」を、構造的に不可能にします。

ラウンド1: 9連敗と、壁の地図(研究244)

初回は9仮説を一斉登録しました。祝日明けギャップのフェード、金曜終盤フローの月曜回帰、出来高クライマックス反転、金属の休場明けギャップ、JPYクロスのカスケード継続、引け際の集中変位、株ショックの攻撃転用など。どれも「市場構造の説明」を書ける、それらしい仮説です。

全部、ISの粗検証で棄却されました。ただし負け方の中身が濃かった。

  • 1時間足のコスト壁 ≈ 0.195ATR。金曜フローの月曜回帰は素の効果がt=+3.6と本物なのに、効果量+0.07ATRがこの壁に届かない。ミクロ構造のアノマリーは「実在するが小売スプレッドでは取れない」ものが多いと数値で確定しました
  • 境界流動性の本質は注文の蓄積時間。1時間の休場(金属のデイリーブレイク)では歪みが生まれず、24時間の祝日は逆に続伸し、48時間の週末だけが回帰する。配備済みの週末ギャップ・フェードが同族の中で唯一生き残っている理由に、初めて構造的な説明が付きました(週末ギャップ・フェードとは、金曜の終値と月曜の始値の間に開いた「窓」の埋め戻りを取る、私のEAで唯一稼働している境界系ロジックです)
  • bid建てデータの罠。週明けの三角パリティ乖離(ラウンド後述)のような境界系の信号は、スプレッド拡大でbid値が機械的に沈む現象を「価格変化」と誤認しやすい。以後、方向対称性チェックと遅延測定の2つの対照を、境界系仮説の必須関所として制度化しました

おまけに、本番EAの週末ギャップ・スリーブが祝日明けにも発火する挙動を監査し、全期間の実測16回で合計+6.7Rのプラス(厳しいギャップ条件が悪イベントを自然に濾過していた)と確認。修正不要で決着しました。

ラウンド2: 完璧な候補が散る瞬間(研究245)

2巡目は3仮説。ここでこの方式のハイライトが訪れます。

まず指数のオープンギャップのフェード(窓埋め狙い)を検証したら、t=-2.84で逆方向に有意。指数のギャップは埋まらず、むしろ続伸するんです。ならばと符号を反転した「ギャップ・アンド・ゴー」(窓の方向への順張り)を、派生仮説として正式に再登録しました。ここが大事なところで、データを見て思いついた案は、思いついた経緯ごと登録して通常より厳しい目で見る運用です。

このギャップ順張りが強かった。ルール決定期間でt=+3.7、8年全てプラス、5指数で一貫、閾値を動かしてもプラトー、コストストレスも通過。私が知る限り「完璧に見える」候補の条件を全て満たし、この方式で初めてOOSの封印解除に到達しました。

開封の結果。期待値はISの44%、リスク調整後は40%に減衰。事前登録していた合格基準「シャープ半減未満」に届かず、規律どおり破棄しました。

ここで白状すると、OOS単体の数字はまだプラスなんです(+0.033ATR、勝率55%)。旧方式の自分なら「まあ及第点」と採用していたかもしれません。でもISで完璧に見えた頑健性プロファイルが未来を保証しないことを目撃するために、封印はあります。後日、独立のティックデータでISの効きとOOSの死滅が両方再現され、この減衰が「データの癖」ではなく市場の真実だったことも裏取りできました。データが3年延びる2027年末の再訪だけ予約してあります。

残る2本、仲値(五十日)ドリフトは対照差が非有意(既に市場に消費済みと判定)、フェード側も否。ラウンド2も0勝でしたが、規律が初めて実弾で機能した記念すべき回でした。

ラウンド3: ティックデータが幻を暴く(研究246)

3巡目は新しい顕微鏡、ティックデータ(取引の生の気配値)を導入し、新規2仮説の審査と、宙に浮いていた3つの課題の決着を同時に行いました。

新規2本はあっさり棄却です。金銀レシオの極値の平均回帰は、2σの極値がむしろ継続する(t=-2.47)。米株から翌日の非米指数へのスピルオーバーは、実セッションで測ると日独はゼロで、英国だけ正に見えたのは24時間バーが翌日の米国時間を内包する残響アーティファクトでした。

ティック実証3件が本番です。

  1. 週明けの三角パリティ乖離: ラウンド1で有望に見えた裁定系の信号を、独立のティックフィードで再現したら信号そのものが消滅。98%が買い偏向という不自然さの正体は、bid建てデータの罠そのものでした
  2. 棄却済みのギャップ順張り: 独立フィードでもIS+0.12ATR(方向再現)、OOS-0.13ATR(死滅も再現)。棄却は市場の真実と確定
  3. 金曜フローの指値回収案: 「コスト壁は指値なら越えられるのでは」という開いていた道。実ティックで指値の約定率を測ると72%で、約定しなかった28%(=そのまま伸びた勝ちトレード)を逃す逆選択が改善分を食い、試行あたりマイナスのまま。閉鎖

そして一番の資産が、週明けの実スプレッドの実測値です。

銘柄週明けオープン+15分(中央値)+60分
GBPNZD17.2pips10.8pips
CHFJPY11.5pips4.9pips
EURNZD10.1pips6.2pips

週明けの最初の1時間は、効果15pips未満の信号が構造的に取引不能。この基準で「週明け初動15分の反転」系の仮説候補を測ったら効果サイズがコスト未満と事前に分かり、登録すらせず廃案にできました(仮説枠とOOSを消費しない=これも方式の利点です)。唯一の生存者である週末ギャップ(効果15pips超×1時間待ち)が、まさにこの針の穴を通っている整合も取れました。

図: 週明けオープン直後の実測スプレッド。

図: ラウンド3の最重要成果。週明け15分のスプレッド(赤)は平常時(灰)の数倍で、15pips未満の信号はコストに沈みます。

図: 週末ギャップ・フェードの実例(GBPNZD 1時間足・実データ)。

図: その針の穴を通っている唯一の生存者。窓開け後1時間待ってから、埋め戻りを取りに行きます。

決算: 0勝14敗の価値

ラウンド仮説生存持ち帰ったもの
190コスト壁0.195ATR・蓄積時間の法則・bid罠の対照2種
230OOS規律の初実戦(完璧な候補の破棄)
32+実証30幻3つの閉鎖・週明けコストの実測値

「全敗なら時間の無駄では?」という感想はもっともです。でも比べてほしいのは、全敗の後に何が残るかです。当てずっぽうの探索は、負けても「探し方が悪かったのかも」しか残りません。この方式の負けは、コスト壁の座標、境界流動性の法則、罠の見分け方、実測スプレッド表という、次の探索の効率を上げる資産に変わります。

そして何より。この3ラウンドの直後、同じ枠組みを株式市場に向けたら、「週次急落の月曜買い」が事前登録の全関門を通過して初の生存者になりました(その顛末は別の記事に書いています)。負けを正しく数え続けた仕組みだけが、たまに来る本物に「本物」と言う資格を持てる。0勝14敗は、その資格の取得費用だったと思っています。