
「最後は裁量です」を検証できるようにした話
手法動画の多くは、肝心なところが「裁量」で終わります。その裁量ごと検証できる仕組み(裁量の上限測定・必要スキルの逆算・条件の機械化)を作ったので、方法と分かったことをまとめます。
動画から売買ルールを自動で抜き出して検証する仕組みを作ってから、いくつもの手法動画を検証してきました。そこで毎回ぶつかる壁が「最後の判断は裁量です」という言葉です。
エントリー条件までは機械化できても、「取るか見送るかは経験で判断」「違和感があったら入らない」と言われると、そこで検証が止まってしまう。裁量は反証できない逃げ道になっているわけです。
そこで、裁量そのものを検証の土俵に乗せる仕組みを作りました。
目的: 「裁量です」を数字の主張に変える
やりたいことはシンプルで、次の2つの質問に数字で答えることです。
- 仮に裁量が完璧だったら、この手法はいくら稼げるのか?(上限の測定)
- 動画が主張する成績を出すには、どれくらいの判断力が必要なのか?(必要スキルの逆算)
この2つが分かれば、「裁量で勝てる」という主張を、検証可能な命題として扱えます。
方法1: 裁量の上限を測る(ブラケット法)
手法の機械化できる部分(セットアップ条件)だけでバックテストし、出てきた全トレードを「候補」とします。そのうえで3通りの成績を測ります。
- 床: 裁量なし。候補を全部取った場合
- 天井: 未来を知っている完璧な裁量が、候補の上位3分の1だけを選んだ場合
- 対照: サイコロで同じ数だけ選んだ場合(比較のための基準)
ポイントは天井です。未来を知る裁量でも稼げない手法は、どんな達人でも救えません。ここで検証を打ち切れます。
方法2: 必要な判断力を逆算する
裁量を「確率κ(カッパ)で正しい情報を持ち、残りは当てずっぽう」という判断モデルとして扱います。κ=0が完全な当てずっぽう、κ=1が未来を知っている状態です。
κを0から1まで動かしてシミュレーションすると、「目標の成績に必要な最低κ」が逆算できます。これで「裁量で勝率80%」のような主張を、「それには κ=0.6 の判断力が必要です。あなたはそれを証明できますか?」という具体的な問いに変換できます。
方法3: 裁量の常套句を機械化して総当たりする
「トレンドが出ている時だけ」「勢いのある足で」「重要なラインの近くで」「伸びしろがある時だけ」——動画でよく聞く言い回しを、価格データだけで判定できる条件12種類として実装しました。
これを候補トレードに一括で当てはめ、どの条件なら成績が改善するかを総当たりで調べます。ここで大事なのが統計の補正です。12個も条件を試せば、偶然良く見えるものが必ず混ざります。多重検定補正(FDR)をかけて、偶然を除いた「本物の改善」だけを拾います。
実際に測った結果
例1: 「勝率80%」をうたう動画手法
以前の検証で機械化部分がコインフリップ(勝率51.9%、PF0.78、月利-0.03%)と判明していた手法です。
- 天井(完璧な裁量で上位3分の1を選別): 勝率100%になるが、月利は+0.10%が限界(1トレードのリスク0.5%の場合)。セットアップが11年で79回しか出ないため、選び方が完璧でも量が足りない
- 動画公称の勝率80%に必要な判断力: κ=0.60。3回に2回近く未来を知っているのと同じ情報量で、現実的とは言えません
- 裁量の常套句12種を総当たり: どれも偶然と区別できず(最良の条件でもPF1.09止まり)
つまりこの手法は、(a)裁量に求められる水準が非現実的、(b)仮に本当でもほとんど稼げない、という二重の理由で棄却できます。以前なら「裁量次第かもしれない」で終わっていた話に、白黒がつきました。
例2: 実運用中の平均回帰ロジック(意外な発見)
対照実験として、実際に運用しているロジック(床でPF1.44、月利+0.22%)にも同じ検証をかけました。
結果は意外で、「良さそうなトレードだけ厳選する」という行為自体が有害でした。当てずっぽうで3分の1に絞るとPFは1.45のままですが、月利は+0.07%に落ちます。取引の数が減った分を質で取り返すには κ=0.3 以上の判断力が必要で、12種類の条件はどれもそこに届きませんでした。
すでに優位性があるロジックには、下手に人間の「厳選」を足さないほうがいい——自動売買に手を出したくなる誘惑への、定量的な答えです。
おまけ: 自分の裁量力も測れる
同じ枠組みで、人間の判断力そのものも測れます。過去チャートを銘柄も日付も伏せて1枚ずつ表示し、「このエントリー、乗る?見送る?」に答えていくクイズ形式のツールです。回答をためると、自分のκが統計的に推定できます(κ=0.3の実力を証明するには約80問)。
裁量トレードで勝ちたい人がまずやるべきは、手法探しでも練習でもなく、資金を賭ける前に自分のκを測ることだと思っています。
まとめ
- 「最後は裁量」は、上限(完璧な裁量での成績)と必要スキル(κ)で反証可能にできる
- 検証した動画手法は、裁量込みでも救えないことが数字で確定した
- 優位性のあるロジックへの「厳選」は、むしろ成績を悪化させる
- 判断力は資金を賭ける前に測定できる
検証は公開されている動画の、開示されている範囲のルールに対して行っています。数値はすべて当サイトの検証基盤(2015〜2026年の実データ)による実測です。