『最後は裁量です』を88条件と最新AIの目で測り尽くした話

却下手法 · 1 min

手法解説の逃げ道になりがちな『裁量』を、言語化できる条件88種・市場をまたぐレジーム判断・MTF環境認識の全組合せ・機械学習・最新の視覚AIまで総動員して測定した7本の検証記録。どの経路も選別情報ゼロという結末と、それでも残る問いまで。

手法解説動画の決め台詞があります。「最後は裁量です」。ルールを機械的に検証して勝てないと示しても、この一言で議論は振り出しに戻ります。裁量は言葉にできない、だから測れない、だから否定もできない、というわけです。

本当にそうでしょうか。私は裁量を「候補の中から良いトレードを選び出す情報量」と定義し直せば測れると考えました。そして言語化できる条件88種、市場をまたぐ環境認識、MTF(マルチタイムフレーム)の全組合せ、機械学習、最新の視覚AI、さらに自分自身のブラインドテストまで、裁量が通れる経路を片っ端から測定しました。

結論を先に言うと、選別情報はどの経路にもゼロでした。この記事は7本の検証(研究222/225/239/240/241/242と追補)を1つの結論に束ねた、長い報告です。

はじめに: このブログについて

初めての方向けに一言だけ。このブログは、私(個人)がFXの自動売買プログラム(EA)を自作し、世の中の手法や自分の思いつきを統計検証して、勝敗問わず記録している検証日記です。文中の「研究N」は私の検証ノートの通し番号。この記事も単体で読めるように書いています。検証データはFX18通貨ペア・金銀・株価指数の実データ約11年分と、米国株283銘柄の日足約21年分です。

準備: 裁量を測る物差し

まず物差しの説明から。ある手法の機械的な核(裁量抜きで全候補を取る場合)の成績を「床」と呼びます。次に、未来を知る神様が候補から選び放題だった場合の成績を「天井」と呼びます。裁量の価値とは、床と天井の間のどこまで登れるかです。

これを1つの数字にしたのがκ(カッパ)で、0なら偶然と同じ、1なら神様と同じ選別力。そして目標の成績(例えばPF 1.3)に必要なκを逆算したものがκ*(必要スキル量)です。この枠組みの良いところは、「裁量で勝てる」という主張を「κがκ*を超えている」という検証可能な命題に変換できることです。

図: 裁量の価値を測る物差し(概念図)。床と天井の間のどこまで登れるか。

図: この記事全体の物差し。赤が実測されたκ̂の最大値(0.10)、オレンジの縁がκ=0.15。以降の全ての測定は、この赤い棒がオレンジに届くかどうかの勝負です。*

経路1: 市場をまたぐ環境認識(研究222)

最初の経路は「別の市場を見る目」です。米国株が荒れている時はFXの逆張りを止める、金が強い時だけトレンドに乗る。こうしたクロス市場のレジーム条件8種で、トレンド核と逆張りスリーブの全トレードを層別しました。

結果は二段オチでした。まず、統計的に本物の関係が2つ見つかります。逆張りスリーブは米国株リスクオンでPF 1.48→1.70、凪でPF 1.96まで改善し、逆にリスクオフではPF 0.63まで溶ける。「逆張りは平穏な相場の戦略」という構造は確かに実在します。

ところがこの関係、配備済みの防御ガード2つ(株ショックガードとequityフィルタ)が既に突いているものと同一でした。独立に再発見しただけ。しかも効果量κ̂は0.05前後で、実用の目安0.25の5分の1。781件という大標本だから統計的に有意に見えただけで、経済的にはほぼ無です。「統計的に有意」と「使える」の距離を体感した検証でした。

経路2: 言語化できる裁量、最後の在庫16種(研究240)

過去の検証で機械化済みの裁量概念は72種ありました。ログと突き合わせて本当に未収録の概念だけを洗い出すと、16種残っていました。意外なことに、その中には裁量の王道中の王道、RSIダイバージェンスが含まれていたんです(みんな当然測っただろうと思い込んでいた)。他にフィボナッチの押し目深度(38.2〜61.8%)、斜めライン際、トレンドの若さ、3波目、キリ番、ボラの中庸、「綺麗なチャート」、セッション時間帯、そして「レベルでのダイバージェンス」などの複合3種。

2正面で測りました。まずエントリー条件としての2,769検定。生き残ったように見えた11件は、全てNYセッション×4時間足ショートの1グループで、時間帯分解すると効果は22時台のバーに全集中。23時以降のスプレッド拡大でbid値が沈む、例の深夜アーティファクトの4度目の再出現でした。真の生存はゼロ。

次に選別条件として。負け骨格(後述のMTFプルバック、床PF 0.879)に16条件を全部かけても、救えた条件はゼロでした。王道のRSIダイバージェンスですら選別後PF 0.97で水面下のまま。勝ち骨格(Connors逆張り、床PF 1.45)にかけると、どの条件も頻度を削って月利を下げるだけ。Connors逆張りというのは、私のEAで実際に稼働している「200日線より上でRSI(2)が10を切った押し目を買う」ロジックのことです。

図: Connors RSI2 のエントリー例(USDJPY 日足・実データ)。

図: 「勝ち骨格」の実例。既に機能しているこのロジックに裁量条件を上乗せしても、頻度が減るだけで質は上がりませんでした。

言語化できる裁量概念は累計88種、全て選別情報なしがここで確定しました。

経路3: MTFの全組合せ(研究239/242と追補)

「上位足で環境認識、下位足でタイミング」。ほぼ全ての手法解説に登場する王道の構図です。過去に個別の手法(勝率80%を謳うものなど)は検証済みでしたが、構図そのものの全数走査は未実施でした。

やったことは網羅です。時間足ペア5種(日足→4時間、4時間→1時間、1時間→15分など)×FX金属20銘柄×上位足コンテキスト4種(ダウ構造、パーフェクトオーダー、200日線、強トレンド)×下位足トリガー6種(EMAリクロス、RSI反発、反転足、勢い足、ブレイク、スクイーズ明け)×順張りと逆張りの全象限×2ホライズン。深夜の幻は走査段階で除外済みです。

18,219検定、最初のFDR関門の生存ゼロ。 惜しかった上位陣もコスト未満か、教科書と逆符号ばかりでした。

「モメンタムが持続する株式市場なら違うのでは」という反論も予想されたので、個別株にも展開しました。283銘柄の週足環境×日足トリガーで10,911検定。株ロングは強気相場のかさ上げがあるので、フォワード・リターンから銘柄×期間ごとの平均ドリフトを差し引き、「買い持ちを超える超過」だけを効きと数える対照を入れています。結果、生存ゼロ。月足環境版の8,554検定もゼロ。ルール決定期間の上位候補は未使用期間で符号反転(-506bp→+147bpのような乱高下)し、ただの銘柄固有ノイズでした。

この経路の収穫は、裁量の必要量を数値化できたことです。教科書MTFプルバックの機械核は床PF 0.879(月利-4.89%)の負け骨格。でも候補は月100件以上出るので、神様ならPF 97まで行けます。天井は高い。つまり勝負は純粋にκ次第で、PF 1.3にはκ*=0.15、動画常套句の「勝率70%」にはκ*=0.45〜0.60が必要。そして言語化された条件のκ̂は最大0.10で全て非有意。「MTFは裁量で完成する」という定型句は、「κ0.15の壁を越えられる何かがあるなら」という条件文に変換されたわけです。

経路4: 言葉にできない直感(研究225/241)

ここまでで言葉の裁量は尽きました。残る反論は1つ。「言葉にはできないが、チャートの形を見れば分かる」。

まず機械学習を代理に立てました。生の値動き30日分(=チャートの形そのもの)をLightGBMに与え、5日先のリターンを予測させます。厳格な時系列分割と、自己相関を保存したブロックシャッフルのヌル対照40本付きです。結果、未使用データの予測力(IC)は+0.0030で、ヌル対照の95%点(+0.0242)に遠く及ばずp=0.35。上位2割買い・下位2割売りの模擬トレードはPF 1.021/月利+0.05%。皮肉なことに、言語化済み指標を特徴量にしたモデルの方が-0.0168と過学習で悪化しました。

それでも「表形式の学習では形の情報を捉えきれないのでは」という余地は残ります。そこで本物の「目」を連れてきました。最新の視覚AI2種に、銘柄も日付も伏せた判断時点までのチャート画像400問ずつを見せ、「取る/見送る」と自信度を答えさせ、人間の裁量測定と同じκ̂採点器にかけたんです。

モデル採択率採択分のPFκ̂95%CI上限
高速モデル36%0.76(床0.89より悪化)0.000.04
上位モデル39%1.00(コインフリップ)0.000.09

「自信あり」の場面に絞っても改善なし(高速モデルでPF 0.79)。上位モデルは200問時点でκ̂0.04と色気を見せましたが、400問で0に回帰しました。ノイズです。

ここで大事なのは、この結果が単なる「有意でない」より強いことです。救済に必要なκ*=0.15に対し、両モデルとも95%信頼区間の上限(0.04と0.09)がそれを下回った。「有用な視覚情報が存在する」という仮説そのものを、効果量の上限で棄却できた形です。なお私自身のブラインド直感テストも、これに先立って床に勝てていません。

決算: 全経路のスコアボード

経路規模結果
言語化できる条件88種選別情報ゼロ
クロス市場の環境認識8ゲート既存ガードの再発見のみ・κ̂0.05
MTF環境認識(FX金属)18,219検定生存ゼロ
MTF環境認識(株・週足/月足)19,465検定生存ゼロ
機械学習(形の代理)30日窓GBTノイズと区別不能
視覚AI2モデル×400問κ̂=0.00・CI上限<κ*
人間(私)ブラインドテスト床に勝てず

これで「その手法、裁量を加えれば勝てるのでは」という問いには、このデータについて数字で答えられます。答えは、加えるべき裁量の中身が測定のどの網にもかからなかった、です。

それでも残る問い

誤解のないように書いておくと、これは「裁量トレーダーは全員嘘つき」という主張ではありません。測ったのは日足〜15分足のFX・金属・株のOHLCVに写る情報だけで、板情報やニュースの解釈、もっと速い時間軸は対象外です。また視覚AIの検証は「現在のモデルの目」の話で、より強いモデルが出れば数ドルで再測定できる装置を残してあります。

ただ、少なくともこう言えます。教材や動画が「裁量」と呼んでいるもののうち、言葉で説明されている部分は測定可能で、測ると全部ゼロでした。もし本物の裁量の達人がいるなら、その人が持っているのは言葉にならない何か、κ0.15を超える何かのはずです。挑戦はいつでも受け付けられます。私の装置は、その日のために動態保存してあります。