
防御を無段階にしたら、同じ危険度で出金が27%増えた話
株ショックガードのオン/オフを連続値に置き換える小さな発想から、3関門の配備検証、全プリセットの再計算、浮いたリスク余白のレバレッジ変換まで。8本の検証が1つの昇格に繋がった全過程を、判断の理由ごと記録します。
防御スイッチを「オン/オフ」から「無段階」に変える。たったそれだけの変更が、検証を8本連鎖させて、最終的にプロップ口座の定常運用の月次出金を1.92%から2.43%へ、27%引き上げました。リスクは増えていません。むしろ危機時の破綻確率は下がっています。
この記事は、その全過程(研究223/226/227/228/229/230と2本の追補)を1つの物語として記録するものです。単に結果を並べるのではなく、各段階で「なぜその選択をしたか」まで書きます。EAの改善は1つの数字ではなく、判断の連鎖でできているからです。
はじめに: このブログと、前提を3分で
初めての方向けに前提から。このブログは、私(個人)がFXの自動売買プログラム(EA=Expert Advisor)を自作し、思いつく手法を片っ端から統計検証して、勝ちも負けもそのまま記録している検証日記です。文中の「研究N」は私の検証ノートの通し番号で、この記事は読み物として単体で完結するように書いています。
この記事の舞台はプロップファームの口座です。プロップファームとは、審査(チャレンジ)に合格すると会社の資金で取引させてもらえて、利益の一部(私の場合80%)を受け取れるサービスのこと。1万円台の参加費で1,000万円規模の口座を運転できる代わりに、日次-5%・累計-10%の損失ラインに一瞬でも触れたら即失格という厳しいルールがあります。私のEAはこの口座で実際に稼働中です。

図: プロップ口座のルール。オレンジの日次-5%ラインは毎日引き直され、赤の最大-10%ラインは恒久です。この記事の全ての判断は「このラインに触れる確率」を軸に回ります。
用語も3つだけ先に。PF(プロフィットファクター)は総利益÷総損失で、1を超えると黒字。DD(ドローダウン)は資産が最高値からどれだけ下がったかで、リスクの実感値。モンテカルロは、日々の損益データをシャッフルして「あり得た運命」を何千通りも再生し、運の良し悪しごと評価するシミュレーション手法です。

図: この物語の主役はモンテカルロ。すべての意思決定を「あり得た運命の分布」で判定しています。
前提: 株ショックガードとは何か
まず舞台装置の説明から。私のEAは8つのスリーブ(サブ戦略)を束ねた構成で、FXのトレンドフォローと逆張り、指数、金などを並行して動かしています。その上に防御機構が2つ載っていて、片方が今回の主役「株ショックガード」です。
仕組みは単純で、米国株(US500)の直近5日リターンが閾値を超えて下落したら、新規エントリーのサイズを半分に絞る。これは過去の検証(研究193)で「大きなドローダウンの解剖」から生まれた装置で、リスクオフの初動では逆張り系スリーブが落ちるナイフを掴みやすい、という実測に基づいています。危機年だけを除外して学習し直すホールドアウト監査(研究216)でも、未見の危機6つ中4つでDDを改善し、悪化させた危機はゼロ。つまり後付けの過剰適合ではない、本物の防御です。
ただし従来版には設計上の粗さがありました。閾値を1ピクセルでも超えたら0.5倍、超えなければ1.0倍という二値スイッチだったことです。-2.9%の下落なら素通しで、-3.1%なら半減。この崖のような応答は、直感的にも不自然ですよね。
第1章: 連続化のアイデアと、最初の実測(研究223)
そこで、下落の深さに応じて1.0倍から0.5倍まで滑らかに補間する「連続版」に置き換えてみました。深い下落ほど強く絞り、浅い下落でも早めに絞り始める応答です。ホールド期間中は最深の強度を保持します。
ここで検証設計上、一番こだわった点があります。新しいパラメータの最適化を一切していないことです。二値時代の閾値をそのまま連続応答の中心に読み替えただけなので、データに合わせて曲線を「調整」する余地がほぼありません。過剰適合を防ぐ一番確実な方法は、自由度を最初から与えないことです。
結果はこうでした。
| 指標 | 二値(従来) | 連続版 |
|---|---|---|
| ルール決定期間(2015-23)の最大DD | -8.6% | -7.9% |
| 未使用期間(2023-26)の最大DD | -3.6% | -3.2% |
| 未使用期間の月利 | +1.409% | +1.409%(完全に同一) |
リターンは小数第3位まで同じで、ドローダウンの谷だけが両期間で浅くなる。リスクを増やして同じDDまで取り直すと仮定した「同DD換算月利」では、ルール決定期間で+4%、未使用期間で+12%の改善に相当します。
同じ発想をもう1つの防御(米国株が200日線を割ったら核を縮小するequityフィルタ)にも適用してみたのですが、こちらはDDが-8.6%から-10.6%へ逆に悪化しました。浅い逆張り局面で、二値なら容赦なく半減するところを、連続版は中途半端に露出を残してしまうからです。この対比は重要な学びでした。連続化は万能の上位互換ではなく、「深いほど危険」という単調な構造を持つ機構にだけ効く。防御の設計は機構ごとに個別評価が要ります。
第2章: 配備前の3関門(研究226)
バックテストで良く見えた改善案が、そのまま実口座に載ることはありません。このプロジェクトでは3つの関門を通します。
1つ目はプロップM1検証。日足ベースのバックテストは「1日の終わりの成績」しか見えませんが、プロップ口座の失格ライン(日次-5%、最大-10%)は日中のどの瞬間に触れてもアウトです。そこで1分足データから口座の日中推移を完全に再構築し、失格ラインとの距離を測ります。2つ目は3年複利のモンテカルロ。日次リターンをブロック・ブートストラップして12,000本の「あり得た3年」を生成し、最悪側の分布を見ます。3つ目は近傍プラトー。採用するパラメータの周辺を動かしても結論が保つか。たまたま尖った点に立っているだけの改善は、実運用で必ず裏切るからです。
| 関門 | 二値(従来) | 連続版 | 判定 |
|---|---|---|---|
| 日次-5%への抵触日数 | 0日 | 0日 | 維持 |
| 日中最悪の1日 | -3.43% | -3.04% | 改善 |
| MCのmaxDD95%点 | 9.2% | 8.8% | 改善 |
| DD10%超の確率 | 3.0% | 2.4% | 改善 |
| 近傍5設定の同DD月利 | +1.409% | +1.549〜+1.605% | 全設定で上回る=高原 |
3関門とも通過、しかもリスク指標は全て改善方向でした。普通の改善は「リターンが増える代わりにリスクも増える」交換ですが、これはリターン同等でリスクだけ下がる、めったにない純アップグレードです。深い下落ほど強く絞る連続応答が、最悪の日をピンポイントで浅くしてくれている。ここでEA本体への実装と実口座への配備を確定しました。
第3章: 計器の再校正(研究227/228)
部品を交換したら、その部品を前提に計算していた数字を全部取り直す必要があります。地味ですが、これを怠ると「文書に書いてある期待値」と「実機の挙動」が静かにズレていきます。
まず個人口座用のリスク・プリセット3種。3年複利モンテカルロを12,000本ずつ回した結果がこちらです。
| プリセット | 月利(素/ストレス) | maxDD(中央/95%点) | 撤退-50%接触 | 口座半減の確率 |
|---|---|---|---|---|
| 低(k2.0) | 2.0% / 1.8% | -11.3% / -18.6% | 0% | ~0% |
| 中(k3.0) | 2.9% / 2.6% | -16.6% / -26.9% | 0% | ~0% |
| 高(k5.0) | 4.8% / 4.2% | -26.5% / -41.5% | 0.1% | 0.9%(旧1.4%) |
PFは全水準1.69で不変。旧ガード比で月利は-0.04〜-0.10ptとわずかに減り、代わりにmaxDD95%点が0.7〜1.3pt改善、口座半減の確率は高設定で1.4%→0.9%。失うものより得るものが大きい方向の移動で、プリセットの選び方自体は変わりませんでした。
次にプロップの三段運用(挑戦→合格後→定常)の全行程を再計算しました。
- 初回出金までの中央値: 140→143取引日(3日だけ遅く)
- 初回出金額: ほぼ不変
- 定常の月次出金: 1.923%→1.875%(-0.05pt)
- 定常の破綻確率(ボラ・コスト両方ストレス): 2.6%→1.7%(-35%)
新ガードの効き所がここで確定します。平時のリターンをわずかに削る代わりに、荒れ相場での失格をまとめて回避する。プロップ運用で最も高くつく出費は「口座を失って参加費からやり直すこと」なので、この交換は明確に得です。
第4章: 浮いた余白をレバレッジに変換する(研究229と追補)
ここからが後半戦です。破綻確率が2.6%から1.7%に下がったということは、リスク予算に0.9ポイントの「余白」が生まれたということ。この余白は、そのまま安全マージンとして持つこともできるし、レバレッジに変換してリターンにすることもできます。
等リスク線を引き直すと、面白い非対称が見えました。個人口座(静的レバ)は控えめで、旧k5.0と同リスクは新ガードのk5.25に相当、月利+0.12pt(+2.5%)だけ。ところがプロップの定常段は大きく動きます。レバ上限2.5→3.0で「月次+13%、なのに破綻はまだ旧設定より低い」という、リターンとリスクの両面で旧設定に勝つ支配関係が出ました。危機時に絞る機構ほど、破綻確率というテール指標を強く圧縮し、テール指標こそがレバ上限を縛っている。だから余白がレバ余地に化けやすいわけです。
追補ではさらに上まで掃引しました。鍵になったのは、シミュレーションの破綻判定が1分足ベースの失格確率(日次-5%と最大-10%への抵触)をそのまま内包していると確認できたこと。
| 定常のレバ上限 | 月次出金 | ストレス時失格率 |
|---|---|---|
| 2.5(旧) | 1.88% | 1.7% |
| 3.0 | 2.17% | 2.0% |
| 3.5 | 2.43% | 2.3% |
| 4.0 | 2.56% | 2.5% |
旧ガード時代の上限2.5が失格率2.6%だったので、新ガードなら4.0まで上げても「昔より安全」です。印象的だったのは、日次-5%への抵触が全設定で0.0%だったこと。拘束しているのは最大-10%の床だけでした。4.0も選べましたが、-10%の縁に最も近づく設定でもあるため、中間の3.5を採用。定常の月次出金は1.88%→2.43%、+27%の昇格です。
第5章: 挑戦段だけは真逆だった(研究230)
同じ問いを挑戦段(プロップ審査中の口座)にも投げたら、まったく違う答えが返ってきました。
| 挑戦のレバ係数k | 合格中央日数 | 1年内合格率 | 失格経験率 |
|---|---|---|---|
| 2.5(現行) | 102日 | 92.8% | 15.2% |
| 3.0 | 85日 | 95.8% | 20.3% |
| 3.5 | 71日 | 97.6% | 25.6% |
リスクを上げるほど速く受かり、1年以内の合格率まで上がる。掃引した範囲に頭打ちがありません。一見矛盾していますが、理屈は単純です。挑戦口座の失格は参加費(約1.3万円)を失うだけで、再挑戦すればいい。ゲームが「早く受かる」か「安く散って早くやり直す」かの二択に落ちるので、fail-fastが統計的に支配します。失格経験率が15%から26%に上がっても、期待値では高kの勝ちです。
もう1つの意外な発見は、定常であれほど効いた連続ガードが、挑戦段ではむしろ微減速(98→102日)なこと。ガードが逆張り系スリーブを絞る分、+8%の利益目標への到達が遅れるからです。守りが効く場面と邪魔になる場面は、運用の段によって逆転する。だから段ごとにプリセットを分けているわけです。
ただしこの高k化、統計的には正しくても「今走っている1個のライブ口座」に適用すると、その口座が吹き飛ぶ確率も上がります。何度でも試行できる期待値の世界と、1回きりの現実の分散は別物。ここは計算ではなくリスク選好の問題なので、ユーザー判断として保留にしました。
まとめ: 8本の検証で何が変わったか
| 項目 | 前 | 後 |
|---|---|---|
| 株ショックガード | 二値(0.5/1.0) | 連続(深度比例) |
| 日中最悪日 | -3.43% | -3.04% |
| 定常の破綻確率(ストレス) | 2.6% | 2.3%(レバ昇格後) |
| 定常の月次出金 | 1.92% | 2.43%(+27%) |
| 個人プリセットの選び方 | 低2/中3/高5 | 不変(数値のみ安全側へ) |
この物語で一度もやっていないことがあります。リターンを直接追いかけることです。やったのは、防御を1段賢くして、生まれた余白を測って、脆弱な段は安全のまま残し、頑丈な段だけ余白をリターンに変換した、それだけ。リスク管理の改善は、防御としてそのまま持つこともリターンに変換することもできる通貨だ、というのがこの8連鎖の一番の学びです。
なお、この間バックテストの基盤(PF 1.69/月利+1.06%の構成D)には一切手を触れていません。エッジを増やせないときでも、リスクの設計にはまだこれだけの伸びしろが残っていた、という報告でした。